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雨ふりうさぎの覚え書き

忘れっぽいので、日々の覚え書きを

社会人大学院 2 1年目(M1)

1年目(M1)


震災の年の入学でした。一緒にスタートしたゼミ仲間は当初12名だったと記憶しています。うち、6名が2年目で論文を仕上げて修了し、3年目までかかって(つまり今年)論文提出したのは、結局私一人でした。今年まだ論文提出をしていないメンバーと、途中で諸事情から学校を離れたメンバーがあわせて5名います。修了率は意外と低いですね。人数はうろ覚えです。間違っていたらすみません。


大学院も学部と同じように講義と単位があります。ただし、ほとんどがM1の間に必要単位を取り終えてしまい、M2になってからは論文作成に集中します。

※大学院は1年目をM1、2年目をM2といいます。MはMasterの頭文字です。

大学院の講義やゼミは本当に面白く、初めての体験の連続でした。大学院に来なければまず行くことができなかったはずの場所、出会えなかったはずの人、考えたり関わったりすることの無かった物事が沢山ありました。私の在学中に定年退職してしまわれましたが、その分野で重鎮といわれる教授がおられ、その方の講義を数多く受けることができたことも貴重な体験だったと思います。本当に素晴らしい時間でした。仕事との両立は大変でしたが、苦になりませんでした。


大学院生活はこんな感じでした。昼夜開講制で講義は主に平日夜と土曜日です。平日は17時半に会社を出て、猛ダッシュして電車に乗り、始業の15分前に学校に着くパターンが多く、食事をとれないこともよくありました。帰宅は22時や23時ぐらい、輪読や発表の準備、レポート作成のために早朝4時起きというのも度々でした。私は学校から会社までが比較的近い方だったのですが、距離がある方は大変そうでした。仕事を辞めて通っている方も当然いました。土曜日は、特に前期に関してはほとんど学校で過ごしたように思います。

M1は本当に充実していました。単位も無事取り終えました。問題は、2年目を迎えてから、修士論文の年をどう乗り切るのかだったのですが、この時は、その大変さを想像すらしていませんでした。

 

修士論文とは】

M1の講義の中には、修士論文の書き方そのものを扱う授業がいくつかありました。私がイメージしていた修士論文と、実際の修士論文の間には大きなギャップがあり、それがまた刺激的で面白く感じました。印象に残ったことを覚え書きします。

・「学術論文(学術研究)とは、過去の人々の研究(先行研究)の上に、そっと一つの石を積み上げるような作業である」

学術から遠い世界で生きていた私にとって、一番ぎゃふん(死語?)とさせられ、そして感銘を受けたのが、講義の中で聞いたこの言葉でした。小論文しか学んだことのなかった私は、「いかに自分の意見を主張して相手を説得するか」が論文であり、先行研究や調査は、あくまでも自己主張を援用するための道具であって、いかにそれら(先行研究と調査結果)を自分に有利に利用するかということを考えていました。しかしそれは大きな思い違いでした。(こんなことを書くとトンデモない奴だと思われるかも知れませんが、当時それほど無知だったということです)。


まず、自分の論文(研究)がどの学問のどの分野の何を扱うのかをはっきりとさせ、その先行研究における「研究から研究への脈々とした流れ」を 掴むところから始めなければいけませんでした。さらに、その先行研究の山の上に、自分はどのような(小さな)石を置くことができるのか(この研究が、これまでの研究の蓄積に対してどう貢献できるのか)を明らかにできなくてはなりませんでした。

社会人大学院生が陥りやすい間違いについて、幾人かの先生から繰り返し話を聞きました。よくある間違いのパターンそれは、

・自分が仕事で実践していることの意義や正当性、有効性を論文によって明らかにしようとする

または、

・自分の実践や取り組みを元に、新しい理論を作ろうとしてしまう

この2つが典型的であると言われました。新しい理論なんてそんなに簡単に生み出せるものではありません、と言って先生は笑いました。理論は研究の蓄積の先の先にあるものです、と。

多くの社会人大学院生は、(実際、職場で良い仕事をしている方ほど)、一度はこのような発想を持つものではないでしょうか。自分や自分の会社、会社の仲間との実践や取り組み、社会に与えた有益な影響を学術的に実証したいという思いです。

しかし学術論文は、過去の研究の蓄積を無視して、自分の思いや実績、実践や取り組みを世に知らしめるために利用するものではない、ということを理解しなければなりませんでした。


(そんなこと常識、始めっから分かっているよ、という方には、全く余計な記事をお読みいただいたものだと思います。お詫びします)。

さて、自分自身の「小さな石」を検討する前段階として、脈々と先人達が石を積み上げて造り上げて来たという先行研究の「山」を発見しなければなりません。それが大学院生活で迎えた最初の試練でした。