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雨ふりうさぎの覚え書き

忘れっぽいので、日々の覚え書きを

障害者雇用を担当する人事担当者へ

セミナーの覚え書き続きです。特に人事の人へのパネルトーク。

 

発達障害と診断されないまま社会に出て、うつを患う人が大変多い。本人にとっては自然な行動を否定されたり、できないことを強制されたりするうちに精神が病んでくる。特性を理解しないで接するからだ。人は、たとえ褒めるときですら、相手の特性を無視してはいけない。発達障害気味だった人が引きこもりになってしまうのは何故か。本人の特性を無視した期待を親から掛けられて、それに子供が一生懸命応えようとして無理がかかってしまうからだ。

発達障害の人に空気読め、というのは、左利きの人に対して「なんだおまえ、なんで左手で字を書いているんだ。右手で字を書け」と言っているのと同じ。人数は少な目でも左利きの人が確実に存在するように、発達障害の人も一定の数、確実に存在する。

発達障害の人を無益に苦しませないためには「知ること」。たとえば相手が左利きだと知っていれば、右手で字を書け、なんて強制することはしないだろう。それと同じで、発達障害だから空気を読まないんだ、ということを皆が知れば良い。

・だいたい、皆が空気を読む会社は問題。社長や上司の前で、取り繕って本音が言えない。そこで発達障害の人が、清々しいほど空気を読まない発言をする。「社長、だらしないですよ」なんて言う。

・障害の特性は一人一人が違うから、一人一人を知らなければならない。それは手間のかかること。面倒くさい、手間の掛ること、もっと楽がしたいという利己心も涌いてくる。ところが、利己心を乗り越えて、その人の役に立つことにチャレンジしたとき、実はそれがすごく面白いんだっていうことに会社全体が気付いて行く。

・障害者の雇用は会社にとっても社会にとっても利益になる。障害者が働かない、または一生福祉就労に就くと、一人あたり5600万円ぐらいの税金を投じる必要がある。しかし、一般企業で雇用すれば、逆に納税も発生し、経済に大きなプラスとなる。そういう視点から障害者の雇用意義を理解する必要がある。会社単位でも、障害者の採用はコスト削減になる。一体、供託金分の営業利益をかせぐのがどれだけ大変なのか。

・担当者は会社の命令だからと、義務的な姿勢で障害者雇用に当たっていては長続きしない。企業の障害者雇用の担当者にはモチベーションが低い人が多いが、障害者雇用を窓際職業にしてはいけない。さらに担当者は、個人の中に障害者雇用の意義や意味の理解、個人的なモチベーションを持たないと、長く続けることはできないだろう。

 

障害者雇用にトレンドあり・・・今は、精神障害者雇用の夜明け前だ

障害者雇用で有名な某企業さんのセミナーにお邪魔しました。


パネルトークが興味深かったので、覚え書き。
かなりぶっちゃけた内容です。不快に成る方がいたら申し訳ありません。

 

・障害者の法定雇用率が引き上げられ、有料の障害者職業紹介が成り立っている。

・要望が多いのは、軽い肢体障害で障害者手帳を持ち、しかし精神は健康、知能は正常、仕事もコミュニケーションも健常者と同じようにこなせるような人。で、できれば若い人。(随分都合の良い話に思えますが、人事も必死だからね)。

・しかし、そんな人は、全障害者中の2%にもなりません。(しかもそういう人は自分の”市場価値”を分かっているので、入る企業を選びます)。

・ちなみに、全障害者のうち、職業を持っている人は5%にも行きません。(なんと、もったいない)。

・障害を持って、仕事をしたい人はたくさんいるのに、企業とのマッチングができない。企業からは障害者人材不足感があり、障害者から見ると、働ける場が少ないとなる。

・今や、発達障害の人に注目が集まっている。アスペルガー発達障害の人の能力の高さに人事も気付き始めていて、特に若手は引く手あまた。養護学校在籍中の青田買いもはじまっている(!)。(いや、ホントですよ、高校1年にもなると、発達障害で職場になじみそうな人はすでに就職決まってるんですよ)。
・じゃあ次はどうするか?精神障害の人に目を注いで行くべき時に来ている。

 

障害者総合支援法、法定雇用率の引き上げと、障害者雇用の現場は大きな変化が立て続けに起こりました。精神障害者の法定雇用率引き上げは2018年の予定。・・・これからは、精神障害者雇用のノウハウが必要とされる時代が来るでしょう。


今は、精神障害者雇用の夜明け前です。

社会人大学院 4 3年目(2度目のM2)

3年目(2度目のM2)


2年で終わらせるはずだった大学院生活は3年目を迎えてしまいました。
M2はM3とはならず、M2のままです。つまり、2度目のM2。自己弁護するわけではないのですが、社会人大学院の修士コースは2年修了を基本にカリキュラムが組まれているものの、2年で終わらなければいけない、という決まりはなく、3年目4年目に突入する人は結構います。学部生のように留年という悲壮感もない。仕事との両立が求められるので、それぞれのペースで構わないのです。学費も、単位を取り終わって講義不要という人、つまり論文だけのために院に残る人は大幅に安くなります。

4月の中間発表も2度目の経験。私はこの時点でまだ、先行研究がまとまり切れておらず、研究分野すら曖昧で、中間報告でもその詰めの甘さが指摘されました。会社では6月に再び人事異動があり、引き続き本社勤務ではあるものの、システムの担当を外れたため、全国出張や終電までの残業からは開放され、若干余裕のある生活が送れるようになりました。

これに伴い私は、研究テーマの変更をするべきか悩んでいました。4月の中間報告を終えたのに、そこからテーマ変更を考えるとは、なんと浅はかで優柔不断なことかと、今振り返ると情けなくなります。会社の異動によって企画担当範囲が少し広がり、業務により沿ったテーマへ変更したいという考えから来た迷いでした。私は入学時から、会社の業務範囲と同じ研究をすることにこだわっていました。職場の上長にも、業務の中で採れるデータを研究に使いたいと申し出、一応の許可まで貰っていました。

指導教授にテーマ変更を相談すると、それでも構わないと言ってくれました。しかし同時に、業務に合わせて猫の目のように研究テーマを変えて良いのかという自責の思い。どこかで腹をくくる必要がありました。とりあえずということで、予備調査を7月に実施。そこでやはりこれではダメだと思い直し、元々のテーマ(4月の中間報告時のテーマ)に舵を切り直します。これがなんと9月。なんと愚かな遠回りをしたことでしょう。他のM2の院生は、すでに調査や分析フェーズに入っている時期でした。改めて先行研究の整理やらリサーチクエスチョンの設定やらをする私は3年目にして、私より後に入学したM2と比較しても完全に出遅れていました。

秋以降、猛烈なスパートを掛けました。何かと環境の変動の激しい業務内での調査を諦め、会社の外に調査フィールドを求めることとし、あるNPOの調査協力を取り付けました。あとはもう、フィールド調査、インタビューと、トントン拍子。一気に執筆へとコマを進めたのでした。

会社と研究との関連付けへのこだわりを捨てたことと、このNPOと出会えたことで、ようやく、大学院生活のゴールが見えて来たように思います。


【執筆中の色々】
修士論文執筆中の、あの大変さは何に例えたらいいでしょうか。経験者のブログを見ると色々な表現が出て来て面白いです。わめいたり、うめいたり、現実逃避しようとして失敗したり、寝てみようと試みても眠れず余計に苦しんだり、部屋を転げ回ったり、まるで陣痛に耐える妊婦のような感じ。そうそう、産みの苦しみというのがピッタリかも。

執筆中は、作業を進めながらも「この構成で本当によかったのか」と確信が持てなくなり、アウトラインと細部との間を行ったり来たりしました。詰めが甘いまま書き始めるからこうなったのかも知れません。

思考の迷路で迷って、袋小路に入り込んだときは、基本に立ち返ってみたくなります。
その時、本当にお世話になったと思うのは、読書猿さんのこのサイトです。

 

論文に何を書くべきか→これだけは埋めろ→論文作成穴埋めシート 読書猿Classic: between / beyond readers

修論執筆中の陣痛の中で出会ったラマーズ法。おすすめ。

同じサイトの関連記事も、タイトルを見るだけで分かるお役立ち度の高さ↓

(論文の文例)

・卒論に今から使える論文表現例文集(日本語版) 

・こう言い換えろ→論文に死んでも書いてはいけない言葉30

(論文の構成)

・論文は何からできているのか?それは何故か?から論文の書き方を説明する 

 

M1の時にこのサイトを知り、目を通せた人は幸いなり。

「論文作成穴埋めシート」がなかなか埋まらずに苦しんでいると、同じ記事中の以下の言葉が目に飛び込んで来ます。

あなたは論文が書けないのではない。研究ができないのだ。

なんと鋭く突き刺さる言葉。3年間で一番の、衝撃の瞬間でございました。

 

社会人大学院 3 2年目(M2)

2年目(M2)


M2に進級してすぐ、4月には中間報告会が行われます。これは各自が、自分自身の研究の途中経過を報告する会で、研究科の教授や各ゼミの院生が集合し、一日がかりと成ります。一人30分か40分ずつだったと思います。パワポとプロジェクタを使って自分の研究計画と経過を発表し、その後、神経がへずられるような質疑応答という名の尋問が待っています。(ちょっと大げさに書きました)。「そもそもこの研究は何を明らかにするためのものなんだ」とか「それが明らかになったところで、何の意味があると思うか」とか、研究の根本を問うような質疑応答が次々と繰り出されます。

途中経過といっても、この時点ではまだ、ほとんどの院生が予備調査にすら入っていませんので、あくまで、研究を予定している内容や調査方法等、これからの計画が発表の中心です。

この時期の院生は、だいたいこんな感じ↓

・先行研究の山を探し尋ね、この山も違うあの山も違うと彷徨うばかりの学生
・先行研究の山はこれだと思うが、隣の山も気になって、その隣の山も気になって、二子山、三つ子の異様な山が頭の中にポコポコ生まれて収集つかなくなる学生
・先行研究の山を見つけたようだが、自分の石をどこに積み上げたら良い物か見当つかず途方に暮れるうちに自分の石を見失う学生

もちろん、入学時の研究計画書の通りに迷うこと無く研究に突き進んでいる方もいます。そういう方は、入学前の時点で、先行研究の山を既に見つけている方です。学部時代から同じ分野の勉強していたとか、学部の卒論で取り組んだ分野の延長線上をやりたいとか、大分前から準備をして万全な体制で入学して来たとか(いたかな、そんな人)、そんな方々でしょうか。


しかし、社会人院生のほとんどは、そんな余裕はなく入学していますから、この時期に山登りの前の山探しをひたすら行うのです。


【仕事との両立】
この段階で要求されるのは、ひたすら「読む」ことです。先行研究または先行研究とおぼしき書籍や論文をひたすらに、読む、読む、読む。院生だもの、本とか論文を沢山読むのは当たり前のことですね。この時期に「読む」ことが足りないと、見当はずれの山を登ったり、山の上に石以外のヘンなものを積み上げようとして退場くらったり、ということが起きて来るのではないでしょうか。

そして私はここで、見事に躓きました。

会社で人事異動があり、支店から本社勤務となりました。仕事の内容や役割が変わり、やりがいと同時に負荷やストレスも高まりました。加えて全国支店周りの出張が続き、「読む」どころか論文や書籍を眺めることも困難になりました。出張のスーツケースに、論文のコピーや書籍はいっぱいに詰めて家を出るのですが、出張先ではつい、パソコンを開いての仕事が優先となってしまう日が続きました。

気がつけば夏を越え、秋を越え、冬が来て・・・ゼミ仲間が、調査、分析、執筆と論文作成のプロセスを進めて行く中で、私一人(正確に言うと私含めて数人)、4月の中間発表で時間が止まったまま、ついに2年目を終えてしまいました。結束強く仲の良かったゼミ仲間はこの2年目の冬に大方が修士論文を仕上げ、修了しました。修了後にゼミのメンバーが自主的に企画してくれた勉強会にはなんとか参加することができ、皆の研究成果に触れることができたのは良かったです。それでも一緒に入学した仲間と一緒に修了できなかったことは、今でも心残りです。

 

社会人大学院 2 1年目(M1)

1年目(M1)


震災の年の入学でした。一緒にスタートしたゼミ仲間は当初12名だったと記憶しています。うち、6名が2年目で論文を仕上げて修了し、3年目までかかって(つまり今年)論文提出したのは、結局私一人でした。今年まだ論文提出をしていないメンバーと、途中で諸事情から学校を離れたメンバーがあわせて5名います。修了率は意外と低いですね。人数はうろ覚えです。間違っていたらすみません。


大学院も学部と同じように講義と単位があります。ただし、ほとんどがM1の間に必要単位を取り終えてしまい、M2になってからは論文作成に集中します。

※大学院は1年目をM1、2年目をM2といいます。MはMasterの頭文字です。

大学院の講義やゼミは本当に面白く、初めての体験の連続でした。大学院に来なければまず行くことができなかったはずの場所、出会えなかったはずの人、考えたり関わったりすることの無かった物事が沢山ありました。私の在学中に定年退職してしまわれましたが、その分野で重鎮といわれる教授がおられ、その方の講義を数多く受けることができたことも貴重な体験だったと思います。本当に素晴らしい時間でした。仕事との両立は大変でしたが、苦になりませんでした。


大学院生活はこんな感じでした。昼夜開講制で講義は主に平日夜と土曜日です。平日は17時半に会社を出て、猛ダッシュして電車に乗り、始業の15分前に学校に着くパターンが多く、食事をとれないこともよくありました。帰宅は22時や23時ぐらい、輪読や発表の準備、レポート作成のために早朝4時起きというのも度々でした。私は学校から会社までが比較的近い方だったのですが、距離がある方は大変そうでした。仕事を辞めて通っている方も当然いました。土曜日は、特に前期に関してはほとんど学校で過ごしたように思います。

M1は本当に充実していました。単位も無事取り終えました。問題は、2年目を迎えてから、修士論文の年をどう乗り切るのかだったのですが、この時は、その大変さを想像すらしていませんでした。

 

修士論文とは】

M1の講義の中には、修士論文の書き方そのものを扱う授業がいくつかありました。私がイメージしていた修士論文と、実際の修士論文の間には大きなギャップがあり、それがまた刺激的で面白く感じました。印象に残ったことを覚え書きします。

・「学術論文(学術研究)とは、過去の人々の研究(先行研究)の上に、そっと一つの石を積み上げるような作業である」

学術から遠い世界で生きていた私にとって、一番ぎゃふん(死語?)とさせられ、そして感銘を受けたのが、講義の中で聞いたこの言葉でした。小論文しか学んだことのなかった私は、「いかに自分の意見を主張して相手を説得するか」が論文であり、先行研究や調査は、あくまでも自己主張を援用するための道具であって、いかにそれら(先行研究と調査結果)を自分に有利に利用するかということを考えていました。しかしそれは大きな思い違いでした。(こんなことを書くとトンデモない奴だと思われるかも知れませんが、当時それほど無知だったということです)。


まず、自分の論文(研究)がどの学問のどの分野の何を扱うのかをはっきりとさせ、その先行研究における「研究から研究への脈々とした流れ」を 掴むところから始めなければいけませんでした。さらに、その先行研究の山の上に、自分はどのような(小さな)石を置くことができるのか(この研究が、これまでの研究の蓄積に対してどう貢献できるのか)を明らかにできなくてはなりませんでした。

社会人大学院生が陥りやすい間違いについて、幾人かの先生から繰り返し話を聞きました。よくある間違いのパターンそれは、

・自分が仕事で実践していることの意義や正当性、有効性を論文によって明らかにしようとする

または、

・自分の実践や取り組みを元に、新しい理論を作ろうとしてしまう

この2つが典型的であると言われました。新しい理論なんてそんなに簡単に生み出せるものではありません、と言って先生は笑いました。理論は研究の蓄積の先の先にあるものです、と。

多くの社会人大学院生は、(実際、職場で良い仕事をしている方ほど)、一度はこのような発想を持つものではないでしょうか。自分や自分の会社、会社の仲間との実践や取り組み、社会に与えた有益な影響を学術的に実証したいという思いです。

しかし学術論文は、過去の研究の蓄積を無視して、自分の思いや実績、実践や取り組みを世に知らしめるために利用するものではない、ということを理解しなければなりませんでした。


(そんなこと常識、始めっから分かっているよ、という方には、全く余計な記事をお読みいただいたものだと思います。お詫びします)。

さて、自分自身の「小さな石」を検討する前段階として、脈々と先人達が石を積み上げて造り上げて来たという先行研究の「山」を発見しなければなりません。それが大学院生活で迎えた最初の試練でした。

社会人大学院 1 入試対策と予備校探し

入試対策(予備校探しと研究計画書)

私が志望したのは、MBA臨床心理士のような人気の研究科ではなく、まして自分には縁もゆかりもない学校だったので、入試対策情報の入手にまず苦労しました。思いつくことといえば、志望先大学院の事務局で過去問を閲覧できるぐらいでした。いくつかの大学院予備校に問い合わせをしましたが、当然これといった対策コースは見つかりませんでした。結局研究計画書と小論文対策をマンツーマン式で実施してくれる小規模な大学院専門予備校を見つけたので、そこで3ヶ月程世話になりました。

講師は私よりだいぶ年下と思われる現役の大学院生(国立大の経営学博士課程後期)でしたが、ポイントを抑えた明確なアドバイスをいくつかいただき、結局はそれが役に立ちました。

 

【小論文対策】

・出題に関わるであろう教授の研究内容と出版物には目を通すこと

・その研究分野で”常識”とされていることは何か、最近注目されているテーマは何かをある程度おさえておくこと

・時事的な話題もからめて論点を整理しておくこと

今思うと常識的なことばかりですが、あれもこれもと焦るばかりの私にとって、このようにピンポイントなアドバイスは大変有益でした。私が持ち込んだ資料に応じて、即興でいくつかの課題をいただき、書いて添削してもらって、を繰り返しました。小論文のお作法や書き進め方については、以前に勉強していたのであまり苦労しなかったと思います。(PREP法)。実際の入試で出題されたテーマは、予想に比べると大幅に、身近で簡単なものでしたけどね。

 

【研究計画書】
研究計画書の書き方は書籍が出ていたので、それに倣いました。その他に、予備校でいただいた社会人特有のアドバイスは、「自分自身が会社で置かれている立場や業務がどのようなもので、どのような視点・視座から研究をしたいのかを明らかにする」というものでした。これは入学後、教授から言われたことと全く同じでした。

研究計画書で最も苦労した点は、自分の研究したい内容をどのような言葉に表現したら良いかが分からず(知識不足ゆえに)なかなか文章の体裁に仕上げることができなかったということです。仕事では文章を書き慣れていましたが、「これを学術的にはどう表現したら良いのだろう?」という点で悩み、なかなか前に進みませんでした。その分野のかなり基礎的な書籍や用語辞典を読み込み、できる限り「学術的に」表現できるよう苦心しました。(今思うと用語の使い方も間違っていたりして、恥ずかしい内容なのですが)。最も役立ったのは、志望大学院の入試直前説明会でした。教授がこのような社会人学生が欲しい、というお話をされ、そこで使われていたキーワードをヒントに、これまでの下書きを見直し、まとめ直しました。

 

【教授とのコンタクト】
予備校でもう一ついただいたアドバイスは、入試前に、できれば教授と直接話をする機会を作っておくように、というものでした。これはなかなか億劫なことでしたが、説明会の後、教授の周りから人がいなくなった隙を狙って、思い切って声を掛けました。自分の名刺を差し出して名乗り、今日の説明会の感想を手短に言い、「自分はこの学校でこのような研究がしたいと思っている」と伝えました。教授はニコニコして、「それなら○○理論ですね」とおっしゃり、さらに、直近で予定されている教授主催のシンポジウムの案内までいただきました。「事前登録が必要だけど、僕の名刺を受付で見せれば大丈夫だから」と。

 

それはもう嬉しかったです。絶対にこの大学院、研究科で学びたい、研究がしたいという自分自身に対する強い動機づけになりました。入試では、口述試験で、シンポジウムの感想を回答の中に交えて述べました。教授も「ああ、あの時の」という反応をされていました。

あの時、物怖じせずに話しかけて良かったと今でも思っています。

 

 

社会人大学院の覚え書き

今年1月末に、修士論文を提出しました。2月の口述試験も終え、今は判定結果を待っています。大学院入学を思い立った約3年半前から現在までを覚え書きしておきます。

  • 入試対策と予備校探し
    →働きながら大学院に行きたい!と思い立ってからの入試対策にまつわるあれこれ。

  • 1年目 (M1)
    → とにかく充実した1年目を振り返って。

  • 2年目 (M2)
    →2年目は修士論文執筆の年。しかしここで挫折しかかります。

  • 3年目 (2度目のM2)
    修論を仕上げるまでを振り返って。